今日、1組のK-POPアイドルグループが解散をする。
彼らのグループ名は「NU’EST」(ニューイースト)。
昨今のBTS旋風でK-POPが好きという人は増えたが、日本で彼らの名前を知っている人はK-POPファンであっても一部かもしれない。
しかし、彼らはK-POPにおいて唯一無二のストーリーを描き、大きな爪痕を残したグループなのである。
そんなNU’ESTの解散を受けて改めてK-POPアイドルを推すことについて考えた。
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彼らは2012年デビュー。K-POPで鬼門と言われる7年目の契約更新の壁を乗り越え、今年10年目にしてピリオドを迎える。
彼らが陽の目を見るまでにかかった時間は7年。
これは歴代最長と言われている。
転機となったのはデビュー6年目の2017年。
グループの再起をかけ、100人の中から11名がデビューを勝ち取るオーディション番組「プロデュース101シーズン2」にアロンを除く4人で出演し、期間限定グループWanna One(ワナワン)としての再デビューを目指した。
本人達にとっては最後のチャンスだったこの番組を通じて、彼らを知った人は多かったと思う。
そして、当初デビュー済アイドルの挑戦は非難を浴びた。
「スタートラインが違う」
「すでにファンがいるアイドルの挑戦は不平等」
「売名行為ではないか」
彼ら自身も、バッシング、共演する95人の後輩達からの視線、それを心配し恐れていたとインタビューで語っている。
実際に、(ルール上問題はないが番組コンセプトのイメージからも)その心配は当たってしまい、番組前半は目を覆いたくなるような展開が彼らを襲う。
しかし、結果的に4人の人柄を含む魅力は番組内で視聴者から大きく支持を得て、全メンバーが好成績と人気を得た。また、彼らの活躍は、その後の「サバイバル番組=陽の目を見ないアイドルの再デビューのチャンスにもなる」という基盤を作り上げていった。
放送後は、見事ワナワンメンバーに選ばれ再デビューを果たしたミニョンはもちろん、残った4人が期間限定でNU'EST W (Wは“ミニョンを待つ”のWをつけ足している) を名乗り活動。発表した楽曲は全て絶大な人気を集めた。
彼らは2つのルートで華々しくリスタートできたのである。
※↓詳細はKstyleさんが最近記事出してたので貼っときます※
ワナワン解散後は、ミニョンがNU’ESTへ戻り完全体となり、美しい楽曲とビジュアル、5人の人柄、それまで知られていなかった圧倒的かつ唯一無二の作曲能力で、NU’ESTはナムドルながら安定した音源成績で人気グループとして君臨することになる。
※このBETBETのMV。曲が終わった後に、長い時間(ワナワンの活動)から目覚めたミニョンが4人のもとへ戻っていくというストーリーがバカエモい映像で表現されています。ぜひ見てください。
だが、彼らの歴史はほとんどが暗黒時代だ。
陽の目を見ぬまま活動を続ける中、小さな事務所の後輩『SEVENTEEN』は、瞬く間にスターダムへと昇りつめていった。
大きな体に男らしさがウリのベクホは、「プロデュース101シーズン2」参加時のインタビューで「SEVENTEENみたいになりたい」と辛そうに小さな声で呟いた。
それは長い下積みと苦しい経験が自然とそうさせたのか、彼らは人気を得たあとも、小さな幸せを見つけるのが得意だったことは確かだ。
例えば番組の企画であっても、一緒に過ごせること、一緒に同じ景色を見れること、誰もいない路地裏をフラフラと歩く時間さえ5人なら幸せだとにこやかに呟く。
全員が驚くほど穏やかな性格だった。
事実として、JRはプデュがサバイバル番組でありながらその利他の精神と聖人ぶりで番組では長く国民投票1位の練習生に君臨した。
ベクホはいかつい見た目とは違い、プデュ出演に際し「誰かと争おうと思ったことがないんです。」といって涙ぐんでいだ。
ミニョンも美麗でクールなビジュアルに反して、控えめで真面目で礼儀正しい青年。
アロンはLA育ちの秀才で、気立てがよく優しくスマート。
レンも愛らしいキャラだが穏やかな性格で知られている。
私が知る限りだが、彼らほど仲の良さがあたたかく、大らかで平和なグループはいない。そんなメンバー達が集まったからこそ、手を取り合い、長い苦難の時間を乗り越えられたのかもしれない。
そして、米国国籍のアーロン(28歳)を除けば4人はまだ26歳。
プデュ出演という茨の道を経て手にした人気から、今では韓国で活動継続の砦となる音源の実績も残しており、作詞作曲もこなす彼らの曲は似たような音楽が溢れるK-POP界でも唯一無二の彩を持っている。
なお、私は彼らに魅力され、バンコクまでステージを見にいったことがあるのだが、
4組の男性グループによる合同コンサートで彼らが受ける声援は桁違いだったし、ステージでの姿は堂々としておりどのグループよりも圧巻で輝きを放っていた。
プデュ、ワナワンの活動を経てイロモノではなく彼らがすでに世界的スターダムを駆け上がったことを証明するには十分な空気がそこにはあった。
このように、年齢的にも実績でも、多方面で考えてもまだまだ第一線で活躍できるグループであることは間違いないのだ。
さらに言うと、彼らの事務所はBTS有する大手HYBEに吸収合併した。
K-POP活動において大きな力となる事務所のバックアップも手に入れた。
飛ぶ鳥を落とす勢いの今、それでも解散する理由は何だろうか。
ここからは私の推測でしかないのだが、
彼らは16(18)歳の若さでデビューしている。
売れない時期が長かったとはいえ、日本活動期間も長く日本語や英語も堪能、日本でドラマも制作したりと、デビューからの活動を振り返っただけでも彼らがアイドル活動のために費やした時間と努力は膨大だろう。
K-POPに限らず10代半ばで芸能界に入るということは、練習時代も含めると自分が何者で何ができるのか自我を確立する前から世間に評価され批判される世界で生きてきたということ。
彼らも私たちと同じように人生の歩みの中で、少年から青年期を経て、自分のアイデンティティと未来像に向き合うはず。
そんな中で、自分という人間の価値を総体的に見るチャンスを得ずにアイドルだけをしてきたのであれば、逆にデビューが早いほど、無限の未来が待つ青年たちが違う道を模索するのは当然のことではないか。
私は少し前まで、短命と言われるK-POPであっても、若くデビューすればその分兵役までの時間があるわけだし、より長く活動できるものだと思っていた。
昨今の新人たちを見ても、業界全体にその流れがあることは否めない。
しかし今回のNU’ESTの解散で、きっとそれは違うのだと気付かされた。
彼らを彼らの人生グラフの視点から見れば、あの国で10年アイドルをやったことは次のステップを考えるには十分なキャリアなのかもしれない。
さらに、K-POPアイドルにとって一番の問題「契約」も大きく関わっていると思われる。
今K-POP界はデビュー年齢の低年齢化が爆進中だ。
コロナ前、01、02lineに驚愕していたが、今や04、05lineメンバーも主流になりつつある。
その背景には、BTSの活躍とサバイバル番組のさらなる台頭、コロナ禍を経てK-POPの世界人気が全体的に加速したことがあると思われるが、
その人気に乗じてか、これまでいくらグループが育っても兵役で遮断されてしまってきた人気基盤をデビューを早めることで少しでも長く収益化しようという各事務所の戦略が大いに見え隠れする。
兵役がネックとなってきた韓国のアイドル産業にとっては、とって然るべき戦略であろう。
しかし、前述の通り、人の心はそうシンプルではない。
憧れのアイドルという職業になったとしても、人が成長や経験の過程で、自分のアイデンティティと未来像に向き合わないということは絶対にないのだ。
我々に置き換えてみれば、入社の際に「どんなに辛くても嫌な仕事でも7年間は辞められません。辞めたら莫大な違約金を支払ってもらいます。」
と突き付けられたらどうだろうか。そんな会社には恐ろしくて入れないし、生きていること自体に疑問を持って病んでしまう気しかしない。
また、韓国特有のプライドの問題もあると思う。(一度スターになった後に一般人として生きるのは日本よりも辛い道だろうとは想像がつく。今の韓国の就職・就労環境を考えたら、足場を失えば収入ゼロにもなりかねない若い芸能人が数年に及ぶ年数縛りの契約に慎重になるのは理解できる。)
アイドルの将来像が日本よりも遥かに不確かな韓国で、将来を見据えて必要なタイミングで軌道修正するのは当たり前のことなのかもしれない。
NU’ESTは10年のキャリアだが、年齢的にはまだ十分若い。
しかも、唯一無二のストーリーでK-POPアイドルの生きる道を示してくれたただ一つのグループだ。
そんなNU’ESTだからこそ、今回彼らが選んだ選択は、K-POP界が単純に早いうちからデビューさせればいいというわけではないこと、今のしくみではそう簡単にいく話ではないことを逆に知らしめたように思う。
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突然だが、私はK-POPアイドルがどうしようもないくらい好きである。
16年前、この世界を知ってから、私の人生は素晴らしいものに大きく変わった。
そして、アイドル達が思うままにステージに立ち、長い下積みの努力がステージで輝きとなって報われててほしいとどのグループに対しても、いつも心から願ってきた。
そして当たり前のように、ファン達の安心する姿と活動で、ずっと同じようにステージやイベントで会えることを望んでもいた。
しかし、いつの頃からかそれに「永遠」という言葉を付けるのは憚れるようになっていた。
日本とは違うシステムや競争、借金にセカンドキャリアの難しさなど、ある程度売れっ子だったとしても長くK-POPアイドルでいることは難しい。
そして私自身も、彼・彼女らと幾度も別れを経験した。
そのたび胸を痛めてきたのは間違いないが、今はその衝撃にだいぶ慣れてしまったうえ、たくさんのケースを見てきた。
にも関わらず、一方で彼らにとって韓国という国でずっとアイドルでいることが幸せなのかは16年K-POPを追い続けてきてもなお、わからない。
当然、彼らの本音を私には知る由もないし、また事務所や本人が積極的にそれを語ることもない。
だから、突然の脱退や解散に直面するたびに、なんとなく理解できるようで、実際は日本人の私ではわからない特有の何かが多々あるのだろうと、毎回言い聞かせることしかできなかった。
ただ、私が日本のファンである限り、彼らは似ているようで全く文化の異なる「私たちとは違う国でアイドルと言う職業を選んだ人たち」ということを忘れてはならないんだなということが毎回胸に突き刺さる。
K-POPアイドルは儚い。
その儚さゆえ人々が熱狂するのもまた事実だが、
何よりも彼らは長い間鍛錬を重ね、世界でも類を見ない高度なパフォーマンスを私たちに見せてくれる。
その刹那の美しさに魅せられたいがために、世界中のファンがあの小さな国まで彼らのステージを追い求めて集まってくる。
そして磨きがかかった完成度の高いパフォーマンスは、私達の脳裏に一瞬にして焼きつく。
花火のごとく、うたかたのごとく、陽炎のごとく。
その煌めきだけを私たちの心に残して。
脱退や解散があれば、私たちは悲しむが、彼らの選択を責めてはいけないのだと思う。
彼らは、幼い頃から十分すぎる努力と膨大な時間をかけ、私たちに夢のような時間をプレゼントしてくれた。
だから本来は、彼らがアイドルという職業を駆け抜け、走り切ったと感じたその終わりの時を私たちは拍手で共に喜ぶべきなんだ。
拍手のあとはとてつもない寂しさに襲われてしまうだろう。
その時間は長くて辛いこともあるし、愛が大きいあまり、別れから立ち直れないまま、推しとの思い出が辛いものになってしまうファンも多い。
一方で、それはK-POPを長く追っていると慣れてしまうのも事実で、この瞬間は永遠ではないし、いずれ終わりが来ることもわかってくる。
それでも、K-POPや彼らのような人達を愛し推すことは魅力にあふれていて
与えてくれた幸せと人生のきらめきは間違いなく本物なのだから
私たちはその一瞬の煌めきを見逃さないように、彼らと伴奏してともに駆け抜けるしかないのだと思う。
今回のNU’ESTの解散は、16年間K-POPを追ってきた私に、ある意味新しい気付きを与えてくれた。
デビューした年齢や、入隊だけがタイムリミットではないこと、
彼らも私たちと同じように自分の人生を迷いながら進むいち青年であり、それは当然だという当たり前のことを改めて教えてくれたのだ。
前述でも少し触れたとおり、コロナ前、私は当時日本での活動が難しかったNU’ESTにどうしても会いたくて、生のパフォーマンスをどうしてもこの目で見たくて、タイのバンコクまで行った。
初めて見たNU’ESTのステージは、あまりにもキラキラしていて、なのになぜかそれがどうしようもなく切なくて、震えながら彼らのステージを見ていた。
また、コロナ前は年間100ステージくらいK-POPのステージを見ていたが、その中で一番心に残っているのがこのステージだ。
これはサブステだったため、私はバックから見ることになったが、それでも一番心に残っている。
彼らのステージは、派手さはないけど本当に美しかった。
それは、彼らがプデュでどれだけこのステージを切望していたか、私が見てきたからなのか?
このためにプライドを捨て、恥を晒し、さらには世界中から受けるバッシングを覚悟しながらそれでも切望していたステージなのだと、パフォーマンスの完成度のみならず、ここには彼らの十数年に及ぶ切実な思いがあるから美しくて忘れられないのだと思う。
そして1番素晴らしかったのは、異国のファン達の掛け声が驚くほど揃っていて、とにかく大きくて、世界中のファンがNU’ESTを愛してるのが伝わってきたこと。本当に愛されているグループだとこの動画を見返す度に実感する。
また、そのタイではコンサートのほかハイタッチ会に参加したのだが、(ハイタッチの相手を4グループから選べた。当時たまたま他の本命のグループがいたがそれを蹴ってNU’ESTを選んだぐらい)
私が日本人だと分かると、日本語で対応してくれたベクホにミニョン。
その流暢な日本語に、プデュで人気が出る前の彼らの積み重なる努力が見え隠れして、大きな感動と感謝が溢れ出したと同時に、私は少し胸が痛んだ。(このへんは限界オタクなので仕方がないです)
K-POPアイドルはあの刹那の瞬間のために、あまりにも膨大な時間をかけ地道な努力を重ねるのだと。
だから、そんな彼らの将来への選択が適当であるはずがない。
(正直、これに関しても本当のことはどうでもいい。
これは決して盲目ということではなく、その姿でしか私たちは彼らを推しはかることしかできないではないか。)
私は今、とてつもない寂しさと切なさに襲われている。
全世界のラブ達もそうであろう。
しかし、これだけは言いたい。
特に推しの解散や別れで傷付いた人に声を大にして言いたい。
16年K-POPをニュートラルに愛してきた私だからこそ言いたいことなのでどうか聞いてください。
NU’ESTは、私たちに一生忘れられない思い出と、いつでも思い出せる「彼らを好きだった時のあの特別で尊い感情」で間違いなく私たちの人生を豊かにしてくれたはず。
彼らを追っていた時間を思い出す時、またいつでもその頃と同じように大きな感動とときめきに包まれることができる。
その時一緒に追っていた仲間がいれば、その仲間との時間だって思い出せる。私の人生の最高の瞬間には、一緒に感動や感情を分かち合った友がいたということを。
私の人生が美しかったことの証拠なのだ。
現時点で、私はすでに何十人、何グループもの推しとの別れや解散を経験している。
それでも、今どの推しのことを考えても、彼らを好きになってよかったとしか思わないし、思い出す度に幸せも悲しさも、当時感じた色んな感情に包まれて私の人生は間違いなく色めき立つ。
彼らが私の人生に彩を与えてくれていることを実感する。
NU’ESTの歴史は今日幕を閉じる。
だけど、私たちファンは一生彼らとの大切な時間を抱えて生きていけるのだ。
だから私はNU’ESTと出会えたことにずっとずっと感謝したい。
※16年に及ぶKオタ経験からの「推しは推せる時に推せ」についてもよかったらお読みください。